NHK出版 (2004/08/25)
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本書は、2006年の10月に自宅アパートのエレベーターで何者かに射殺されたロシア人ジャーナリスト、アンナ・ポリトコフスカヤの著書。彼女の殺害に続いて、同年11月、同じくプーチン政権を批判する元FSB(ロシア連邦保安庁:旧ソ連のKGBの後継組織)のアレクサンドル・リトビネンコの放射性物質ポロニウム210により、亡命先のイギリス国内で何者かによって殺害される事件が起きた。ロシアの反体制ジャーナリスト・活動家の相次ぐ不可解な死は、当初より彼らの殺害の背景に政治的な意図が働いていると推測され、FSBの関与を疑わせる関係者からの証言が取り上げられるなど、西側では大きく報道されることとなった。
彼女がこの本を通じて伝えたかったこと。紛争の現場、戦時下における一般市民の生活。武装勢力の掃討作戦の名の下に、繰り返される略奪、強姦、誘拐、殺人。なぜ、このような紛争がおきたのか、また何故やめられないのか、ソ連崩壊以降のロシア連邦において強権的な統治手法をとるプーチン政権と軍部、新興財閥の蜜月。実態から大幅に誇張された武装勢力側の能力、水増しされた戦果によって評価を上げ、ロシアの英雄として昇進していく軍関係者、中央からの紛争地域再建のための予算を横領する、共和国政府の官僚。紛争地域の石油資源を巡る非正規ビジネスの利益、それらを見逃す便宜を図ることによって賄賂をもらう軍部、共和国政府の官僚。つまり、紛争状態の継続が権力者に連なる関係者すべての利益につながっていること、連邦側の関与者には紛争を終わらせる動機が不在であること。
Link: チェチェン共和国 - Wikipedia.
Link: 第一次チェチェン紛争 - Wikipedia.
Link: 第二次チェチェン紛争 - Wikipedia.
ロシア政府の対外的な言説では、国際的なテロリズムに対する戦いの一環として位置づけられているチェチェン紛争。イスラム原理主義者の関与が仄めかされるだけで、西側もそれを無批判に受け入れられてしまう。背景として、近年の原油高を背景に資源供給国としてその発言力を強めるプーチン政権に連邦の内政問題であるチェチェン紛争において対峙するよりも、石油資源の供給源の多様化と安定という自らの国益のために、多少のことには目をつぶってしまえという利害の判断があることは間違いない。もちろん、北方領土問題というアキレス腱の他に、サハリン・ルートの石油・天然ガスの資源問題がある、日本も無関係ではない。
平時であれば、そのような冷静さをもって受け止められる世論も、大規模なテロ事件の後には、テロリストに対する憎悪が勝って、対抗・予防措置の強化に流されていく。そのような場面で、どこまでがテロに対する戦いの範囲なのかを見極めるのは非常に難しい。主要なメディアが半ば強引に国有化され大量のプロパガンダが流され、有効な野党勢力を持たないロシアにおいては、市民に正常な判断を求めること自体が不可能に近い。西側においても、イラク戦争の際の、大量破壊兵器に関する情報操作を見ても施政者側の意図が介在した場合は、ジャーナリズムがその真相を明らかに出来なければ、一般市民は施政者を管理・監督する方途を持たないことになる。
大義の前に、犠牲を強いる、「木を切れば木っ端は飛ぶ」的な施政者の演説がなされたら要注意だ。施政者の独善を許した場合、情報操作を主たる手段とする点において、テロリズムとカウンター・テロリズムの取る戦術と、その結果として市民にもたらされる悲劇は驚くほど似ていることに気付くのは、事が始まってから随分と後のタイミングとなって、取り返しのつかないことになっているかもしれない。
皮肉なことに、彼女の自身の死によってジャーナリストとしての注目度は高まり、その著作の内容も多くの人に読まれるようになった。しかし、それでも彼女は まだ幸運なのかもしれない。驚くべきことに、ロシアでは1999年から2006年までの間に126名のジャーナリストが死亡、もしくは行方不明になってい るという(wikipedia)。 今日現在では、アンナ・ポリトコフスカヤ殺害の犯人とされる逮捕者は出ているものの、その真相は解明されていない。「ロシアン・ダイアリー」の解説の中で NHK解説委員の田中和夫(元モスクワ支局長)は、プーチン政権下でポトリコフスカヤ以前に12人のジャーナリストが命を奪われているが、いずれも未解決 であると記述している。
テロリストが「悪」であること、テロリストに対する戦いに反対することを「悪」とすることは違う。冷静に世の中で起きていることを理解することが、正しい判断のためには必要だ。









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